AR の活用によりアートの世界でうごめく「Invasive Species」展

by Zach Mortice
- 2018年5月16日
AR アート invasive species フェリーチェ・グローディン
AR を介して、美術館の空間に異世界の景観と怪物を重ね合わせるフェリーチェ・グローディン氏の「Invasive Species」 [提供: PAMM]

起こり得る未来を想起させるサイトスペシフィックなアートであり、現実離れしながらも有機的で、かつデジタルなフェリーチェ・グローディン氏のインスタレーション作品「Terrafish」は、特定の世界に当てはまらないことを明確に表明している。ペリッツ アート ミュージアム マイアミ (PAMM) 行われる「Invasive Species (侵入生物種)」展の一部であるこのデジタル モデルは、現実空間に存在するものではない。

キュレーターのジェニファー・イナシオ氏は、この展示は「物理的世界とバーチャルの世界の間 [の融合]」を示唆したものだと語る。サイトスペシフィックな 2 つの AR 作品のひとつ、「Terrafish」は想像上の未来のエコシステムだ。空想的な景色はネオンピンクのネットワークとして構成され、蜂の巣のような集合体のところどころが、鼓動する細長い茎状のもので分断される形となっている。訪問者は、(iOS デバイスを使用して) 美術館の広大な中庭のテラスにそびえる、この茎の間をすり抜けていく。

AR アート Where Angels Fear to Tread
グローディン氏は「Invasive Species」を 2008 年の「Where Angels Fear to Tread」など、以前の作品を発展させて制作を行った [提供: PAMM]

グローディン氏は、以前は建築分野に従事しており、その緻密なバランス感覚が作品にも表れている。彼女は、PAMM の展示の 3D モデル制作を AutoCAD でスタートさせ、建築エンジニアから提供された図面をもとに作業を進めた。グローディン氏と PAMM は Cuseum (文化団体向けのデジタルエンゲージメント分野に特化) と連携して 3ds Max で 3D モデルを作成し、そのモデルを Apple の ARKit を使用して美術館のマルチメディア アプリに統合した。この展示は、関連する STEAM 教育プログラムの開講時に、中心的な存在となる。

グローディン氏の AR インスタレーションは、従来の作品群を発展させたものだ。そこには、長年にわたって設計図やセクションを AutoCAD で描いてきた彼女特有の、デジタルのシャープさで描写された手描きのイラストも含まれている。これらは抽象的でもあり、細胞やミステリアスな内臓、もしくは有機的な成長の断面標本が、ひそかに都市空間へと変身したもののようにも見える。また、地図や図表などの 2D グラフィックのクオリティに目を向ければ、その張り巡らされた経路が、素早く軽快に走る昆虫の脚のようにも見えてくる。

AR へ跳躍することで、図面は押し出しや積層で形成された、2.5D とでも呼べるものとなる。PAMM の中 2 階の劇場に設置されたグローディン氏の 2 つめの AR インスタレーション作品、「Mezzbug」がまさにそれだ。紫と青のグラデーションによる、薄気味悪い虫のような形をした大型ワゴン車サイズの物体は、この手元のスクリーンをタッチすると脚がぴくりとけいれんする。

グローディン氏は、美術館内でのロケーション探しとインスタレーション作品の制作を同時に行って「ぴったりとはまる 2 つのパズル ピースを探した」という。「Terrafish」では、美術館の目玉ともいえる特長に目を付けた。それはフランスの植物学者パトリック・ブラン氏が美術館を設計した建築家チーム、ヘルツォーク & ド・ムーロンと連携してデザインした 13.7 m の吊庭だ。

「Terrafish」のネオンの内臓は、呼吸のリズムに合わせて点滅する。吊庭にぶら下がる植物と、グローディン氏作の、床からせり上がる滑らかでデジタル アニメーションのような形が生み出すコントラストは印象的だ。「まるで食物を探すか、建築の一部となるために吊庭へと手を伸ばしているかのようです」と、イナシオ氏は話す。

このインスタレーションは、巨大な作品でもある。高さ約 15 m、底部の幅は約 30 m で、グローディン氏の作品の中でも最大のものだ。彼女はこの展示用に、さらに 2 つのインスタレーション作品をデザイン中。これほどのレベルの緻密さとロケーションとの関連性を持つ AR 作品を依頼した美術館は、他にはない (このインスタレーションは、美術館によるデジタル ツールを通じたコミュニティに対するよりよいアプローチを支援するナイト財団イニシアチブの助成部門、ジョン・S・アンド・ジェームズ・L・ナイト財団からの助成金で実現している)。

「Terrafish」は、南フロリダの海中に生息する外来種のクラゲにインスピレーションを得たもので、気候変動と人間の手による自然崩壊の悪影響を想起させるものとなっている。「Invasive Species」展は、エコシステムの変動傾向を認識し、新たな動物相を生存へと導く可能性のある、発生力としての気候変動について思案するものだ。「この場所に今後どのような発展、変化の可能性が秘められているのかを示唆しています」と、グローディン氏。気候変動は、ここでは緊急度の高い警告ではなく、興味深いひとつの問いとして取り上げられていると、イナシオ氏は話す。「アーティストが生み出した、この不可思議な作品たちは、見る者を気候変動についての真摯な議論へと引き込みます。その手法は魅力的で、かつ対話的です」。

AR アート invasive species 初期スケッチ
「Invasive Species」の初期スケッチ [提供: PAMM]

イナシオ氏とグローディン氏は、これらのインスタレーション作品を一般の人もアクセス可能にしたいと考え、「Terrafish」を美術館入口の外に配置した。この展示は、スマートフォンを通じて成立する環境の体験がより一般的になり、新たな AR プラットフォームがより幅広い消費者に届くようになるなど、タイミングも良かった。

「Invasive Species」や同類の作品群は、複雑かつ実践的な手法で応用を拡大することのできる、新たな種類のアート体験だ。Cuseum のCEO、ブレンダン・シーコ氏は「[AR は] その体験者の需要に基づいて、新たな金字塔を打ち立てることとなるでしょう」と話している。これが今後、特別な意味合いを持つ建築インスタレーションという形態を取ることも考えられるが、開館式のテープカットに AR によるウェイファインディング (誘導) を使用して注目を集める、新設の公共建築物という可能性も考えられる。

グローディン氏は自身のインスタレーション作品を、従来の中庭用の彫刻作品や建築コラボレーションに取って代わるものと考えている。だが、AR を加えることで、彼女の作品ははるかにインタラクティブで柔軟なものとなる。これは建築自体をよりレスポンシブなものにする前進の一歩であり、モジュール建築の夢からアーキグラムの移動都市まで、モダニズム建築の出現以来の多くの建築家にとっての目標でもある。

イギリスのアーキグラムやイタリアのスーパースタジオなどエッジの効いた前衛建築家集団は、新旧の凝集体としての創造的な建築モデルを表現した。これは、グローディン氏のアプローチと共通する部分が多い。こういった先駆者たちは、実験的な「紙上の建築」と、レンガとモルタルによる従来の建造物の間の境界を消し去る AR の機能に魅了されたに違いない。スマートフォンの画面を通じて、新たなレベルの没入感とアクセスにより、シミュレートしたものを現実世界へと挿入できるのだ。

AR アート フェリーチェ・グローディン
アーティスト、フェリーチェ・グローディン氏 [提供: PAMM]

だが、アートでの AR の使用には、倫理上の問題も山積みだ。AR を活用できるからといって、使わなければならないというわけではない。イナシオ氏は、グローディン氏の作品を他のアーティストの作品から離れたところに設置することで、バーチャル世界で既存作品が上書きされる問題を回避した。現存のアーティストから得る同意も問題だ。特に、AR の使用により、既存の作品が根本的に再構築されてしまうような場合は。では、長い間崩壊状態だった教会の身廊に中世ステンドグラスの窓を配置する、といった独創的な応用方法はどうだろう? イナシオ氏は、AR のレイヤーを加えることは、オリジナル作品に新たな意味合いを加えることになり、それは場合によってはオリジナル作品と相容れないこともあると話す。

アーティストのセバスチャン・エラスリス氏の場合がそうだった。彼は独自のアプリを使用して、Snapchat と彫刻家ジェフ・クーンズ氏とのコラボレーション作品を「象徴的破壊行為」で壊してみせた。コラボレーション作品では、ジオタグを付けられたジェフ・クーンズ氏の彫刻のデジタル モデルが複数の特定ロケーションに設置されているが、エラスリス氏は、このクーンズ氏のデジタル モデルをタグ付けし、自身のアプリ内で落書きしたのだ。AR とソーシャル メディアは、アーティストたちに芸術表現の新たなフロンティアを提供する一方で、クリエイターの絶対的なオーサーシップに問いを投げ掛ける新たな手段も提供する。

アートの世界が新たな媒体を受け入れるとき、アーティストが取り組むアイデアそのものより、その媒体自体に注目が集まる (ジョルジュ・メリエスの 1902 年の映画「月世界旅行」について論じる際、この作品についての認識は、内容よりもまずそれが映画表現における重要な分岐点であるということと同じ理屈だ)。「コンテンポラリー アートの世界に媒体が組み込まれるのはいつでしょう? それは、それを覆い隠すベールが取り除かれたときです」と、グローディン氏。新しいテクノロジーに取り組むアーティストにとって最良の作品とは、その媒体が背景として広く一般化したとき、あるいは面倒なものとしての認識が一般化したときにこそ始まるものなのかもしれない。

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