テクノロジーと店舗販売のビッグデータが未来のストア デザインに与える影響

by Matt Alderton
- 2017年5月8日
ロンドンの Watches of Switzerland ストア [提供: CallisonRTKL]

かつて、ショッピングは刺激的なものだった。最終目的は販売だが、その手法にはステータスとスペクタクルが入り交じっていた。現金だけではなく威信の取引も行われる、ソーシャル コマースだったのだ。

それが最も顕著に現れていたのが老舗デパートであり、建築家は、そこが人々の目的地となるようデパートをデザインしていた。例えば、ロンドンのハロッズが掲げるモットー「Omnia, Omnibus, Ubique」は、ラテン語で「あらゆる商品を、あらゆる人々へ、あらゆる場所へ」を意味している。1849 年創業のハロッズは、7 階建て、90,000 平米以上の売場面積を誇り、330 以上もの専門店から構成。イングランド初のエスカレーターが 1898 年に設置されし、1902 年には世界的に有名になった食料品売り場を開設。1970 年代までは仔ライオンなどエキゾチックなペットを販売していた。

Service and Style: How the American Department Store Fashioned the Middle Class」の著者、ジャン・ウィテカー氏は「デパートは、その存在自体が、[消費者に] 暮らし向きが良好だという安心感を与える、核となる施設となったのです」と書いている。「デパートはディスプレイや実演販売、レクチャー、壮観なエンターテインメントによって生活様式を定義し、暮らしに必要な生活必需品、ぜいたく品を提供していました」。

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ロンドンの デパート、ハロッズ

今日では、ストアは宮殿ではなく遺構になっている。クリックだけで「ポチる」ことのできるオンライン購入の利便性により、店頭での買い物はもはや特権でなく、苦痛とすら感じられるようになった。

だが、実店舗を排除してしまうのは、まだ早い。2014 年に行われた A.T. カーニーの研究で、買い物客の 90% が店頭で直接製品を購入する方を好むことが分かっている。しかも、eコマースが激増しているにもかかわらず、小売総額の 94% は、未だに実店舗で生み出されている。

各ブランドは、今後も店頭での買い物の価値を存続させるべく、テクノロジーと張り合うのではなく、それを活用しようとしている。ストア デザイナーとテクノロジストがうまくコラボレートできれば、小売の新たな黄金期が到来するかもしれない。

ショッピングが小売のビッグデータを生成する
テクノロジーは未来の店舗に、少なくとも 2 つの面で浸透していくだろう。サンフランシスコを拠点に小売店の店頭カスタマーデータの収集、分析を支援する RetailNext の研究開発部門統括責任者、ジョージ・ショー氏は、店舗のインフラにおいて、テクノロジーは顧客には見えないが、販売店側には極めて重要なものとなると述べている。

big_data_in_retail_mobile「世界はますますデータ駆動型になりつつあり、それは販売店も例外ではありません」と説明するショー氏は、未来の小売業は店舗内のセンサーを使用して、様々な顧客情報とビッグデータを収集するようになるだろうと話す。店舗内で展開可能なセンサーには、次のようなものがある。

  • ビーコン: ビーコンは、BLE (Bluetooth Low Energy) 信号と呼ばれる微弱な電波を発信する。近隣にあるモバイル デバイスがそれを受信すると位置が登録され、ロケーションベースのアクティビティをトリガー可能。販売店は、買い物客に特定の製品や売り場を案内したり、通りかった人にメッセージとして製品のクーポンを送信したりできる。同じハードウェアを使って買い物客の動きを追跡することで、店内の買い物客の動きや、訪問する売り場やディスプレイがどこかを確認できる。
  • ビデオ カメラ: カスタマー インテリジェンスを得るため、販売店にビデオが設置されるようになっている。販売店は、ビデオ分析と、いわゆる「画像認識」を使用して、顧客の年齢や性別、人種の判別、また顧客数やレジ、サービス カウンターに並ぶ列の長さの管理、さらにディスプレイやエンド (売り場並びの端) での滞留時間を計測できる。
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  • RFID タグ: 製品に RFID タグを付ける販売店は、在庫がより明確となり、顧客がオンライン購入した製品を実店舗で受け取れるオムニチャネル購入にも役立てることができる。ビーコンと組み合わせると、販売店は RFID を使用して、タグ付けされた製品と、それを受け取った顧客を紐付けすることが可能。どういった人が何を購入しているかの考察ができるようになる。
  • 可視光通信: 可視光通信 (VLC) 機能を搭載した LED 照明は、独特の点灯パターンで発光。それをスマートフォンがカメラ経由で検知することで、販売店にはビーコンに代わる遍在的なセンサーが提供される。
  • ゲスト Wi-Fi: 販売店は顧客が店舗内の Wi-Fi に接続することで、店頭に存在している Wi-Fi 機器数の計測や、そのアクティビティと滞留時間の分析、特定の売り場やフロアにおける常連客の有無の確認、そうした常連客がどういう時間帯にどの程度の頻度で来店しているかの確認などを行える。

最先端の商取引
シアトルを拠点とするリテール デザイン専門の建築事務所 CallisonRTKL (旧 Callison) のデザイン主任、アレックス・シャプリー氏は、テクノロジーは顧客対応にもなると話す。

「新たなリテール体験に影響を与えるのは、その空間と、購入や商取引の手法へ実際に影響する統合テクノロジーの数々です」と、シャプリー氏。その例には、以下のようなものがある。

  • モバイル POS: モバイル決済とモバイル POS システムの急増により、さらに多くの小売店で、従来のセールスカウンターが、店内の至るところに配置されたタブレットを携帯する店員で置き換えられるようになるだろう。
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  • VR (バーチャル リアリティ): 販売店はバーチャルリアリティ (VR) ヘッドセットを使用して、没入感のあるバーチャルな実演販売を行ったり、バーチャル ショールーム内を案内したりすることができる。また同様に AR (拡張現実) を活用して、コンピューターで生成された要素を現実に重ねることができる。例えば、試着室の鏡に映る買い物客の実際の姿にそうした要素を重ねることで、バーチャル試着が行える。
  • タッチスクリーン: スマート キオスクやタッチスクリーンにより、販売店はインタラクティブな販売環境を生み出すことができ、顧客は視覚的または触知的に製品やブランドについて詳しく知ることが可能になる。
  • プロジェクション: 新たなプロジェクション技術では、タッチスクリーンを使用することなく、物理的な製品を画像やビデオ、オーディオ、テキスト、さらにはツイートまで、さまざまなデジタル メディアと組み合わせることができる。顧客がテーブルに置かれた製品を手に取るとオーバーヘッド プロジェクターが稼働し、テーブルがタッチスクリーンになる

小売業の再生
ビーコンからタッチスクリーンまで、インストア テクノロジーは、ストア デザインの在り方を根本的に変化させることになるだろう。

「未来のストアがどのようなものになるのか、明確には分かりませんが、今後はセンサーが、あらゆる店舗の一部になるでしょう」と、ショー氏。「これらのセンサーからのデータを、必要な店舗面積を算定したり、デザインを反復して最適化したりするのに使えるようになるでしょう。それも、その場で臨機応変に」。

ストア デザイナーは、ビーコンの設置場所などハードウェアの要件のみならず、それがもたらすインテリジェンスの活用方法も検討しなければならなくなるだろう。例えば買い物客が店内の中央部分でのみ買い物をしているとデータが示した場合、デザイナーは買い物客が店内の周縁部分にも足を向けるような解決策、例えば新たな備品やサイネージ、ビジュアル マーチャンダイジングなどを検討する必要が出てくるだろう。

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CallisonRTKL デザインによるロンドンの Watches of Switzerland 新ストアにはインタラクティブなタッチスクリーンが設置されている [提供: CallisonRTKL]

「デザイナーは、考え方を変える必要があります」と、ショー氏は続ける。「もはや直感も、デザイン学校で学んだ内容も、この分野での経験すら重要ではありません。データが示すことが全てなのです」。

そしてデータが示すのは、買い物客は回帰による前進を望んでいるということでもある。ハロッズに足を運んでいた昔の人たちのように、人間は本来、商取引ではなく体験を提供する商業複合施設を望むものだ。

「消費者にとって最も重要な誘因が幅広い品揃えや価格比較であれば、オンライン ショッピングが最適な手段でしょう」と、シェプリー氏。「販売店では、エモーショナルなレベルで消費者とつながろうとする空間の再興が見受けられるようになってきています。ブランドは、単なる消費者層でなく、ファン層を生み出したいと考えています。それを実現するには、没入感があり、関連性の深い体験を創出する必要があるのです」。

ハロッズから 3 km ほどしか離れていない、ロンドンのリージェント・ストリートにある Watches of Switzerland の旗艦店は、カスタマー データと体験的建築を組み合わせることで、テクノロジーとブランド、デザインの完璧な交差を新たに築いた一例だ。CallisonRTKL が Autodesk AutoCAD を使用してデザインした 3 階建て、店舗面積約 1,580 平米のこのストアは、2014 年にオープン。各販売フロアは、それぞれ異なる購入者層 (時計愛好家、時計通、時計コレクター) に訴求するようデザインされている。大型ディスプレイ パネルとインタラクティブなタッチスクリーンにより、各時計ブランドの歴史について詳しく知ることが可能。このハイテク空間は、非公開のスペシャル イベント向け会場の役割も兼ねている。

CallisonRTKL ロンドン オフィス主任のジェラルド・アルブリー氏は「Watches of Switzerland フラッグシップ ストアは、単なる時計店に留まりません」と話す。「スイス製時計が象徴するイメージと同じく、精密に設計されたストアなのです」。

かつての店舗の壮大さは、デザインと販売に恩恵を受けたものだった。存続し続けるためには、今後の店舗にもそれと同じことが要求されそうだ。

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