内視鏡手術を可視化と可触化で革新: 医療と教育のイノベーション

by Yasuo Matsunaka
- 2016年8月18日
内視鏡 トレーニング
3D プリントで作成された心臓の模型 [提供: 杉本真樹氏]

「戦争や経済不安、大地震が起きても、医師は医師でいられる」という言葉に感銘を受けて外科医となったという杉本真樹氏は、現在は医用画像活用の第一人者として知られている。2014 年にはアップルの Mac 誕生30周年記念サイト [Mac30] で「世界を変え続けるイノベーター30名」に選出された氏は、モバイル機器や 3D プリンター、VR など一般に普及した最新テクノロジーを活用することで、新たな可能性を生み出し続けている。

内視鏡手術は、傷や病気を手術により治療する外科の世界に大きな革命を起こした。腹腔鏡に CCD カメラを接続することで外科医と助手、技師が視野を共有しながら手術を行う現在のスタイルは、1987 年に世界で初めて行われた。従来の開腹手術より小さな切開で済む 内視鏡手術は患者の身体的負担を減らすことができ、術後のクオリティ・オブ・ライフも大幅に向上できるようになった。その後、高画質の 3D モニターやアクセス性の向上したアームを備える手術支援ロボットが医療現場で変革を推し進めているが、代表的システムである Intuitive Surgical の da Vinci が日本国内で広く使われるようになってまだ数年しか経っておらず、患者の自己負担が高額となるケースも少なくない。

内視鏡手術
杉本真樹医師

東京の大学病院に勤務していた杉本氏は、2004 年に地方の病院へと赴任し、そこで診断や治療に必要となる医療機器や技術、情報の格差を痛感することになった。多くの患者に対応するにはテクノロジーによる効率化、とりわけ安価に導入でき使いやすいテクノロジーの導入が必須だと感じるようになったという。そこでデータの IT 化とともに、レントゲン画像を立体にする研究を始める。「レントゲンはフィルムを 1 枚ずつ見る必要があって、枚数も多いし、とても非効率だと思っていました」と語る氏がインターネット上で偶然見つけたのが、レントゲンをパソコン上で三次元にできるオープンソース・ソフトウェア、OsiriX だ。

「患者さんのレントゲン画像は“本物”です。薬事法で認められた医療機器を使って本人から撮られており、それで診断を行うことができる、間違いの無いデータです。ただ、普通の方々には読影の技術はないので、当時はそのギャップを埋めるために、レントゲンを見せながら、紙に臓器の図を描いて患者さんに説明していました。しかし、それでは信憑性がない」。放射線科医が診断のために作った OsiriX を、氏は手術の現場で活用し始める。レントゲンの透過度に応じてカラーを割り振ったボリュームデータをレンダリングすることで体の内部を可視化。その画面は、内視鏡手術の際にガイドとして使えるようになる。だが、その画面と術野が離れた場所にあると、画面の確認のために視線の移動が大きくなり、手術が止まってしまうこともあったという。

その解決のために活用したのが、患者のデータを身体の上に投影する、現在はプロジェクション・マッピングと呼ばれるようになった手法だ。内臓や血管、癌などの病変部分など、術野上に必要な情報を変換しながら表示できるため、より直感的な手術が可能となった。それも、無料で入手できる OsiriX と市販のプロジェクターだけで実現できる。「技術としてはすごく簡単なんだけど、その効果は計り知れない。最初は、手術室でそんなことをしていいのか、何を遊んでいるんだって言われましたけどね」。

その後、自らも OsiriX の開発と普及活動に参加する。また医用画像解析ソフトウェアだけでは対応が難しい、拍動や造影剤の影響などで生じた画像の問題は、レントゲンの読影経験をもとに Meshmixer や Autodesk Maya を活用して修正を実行。こうして得られたデータでヘッドマウントディスプレイによる VR や 3D 立体視などを行うことにより、自らが患者の体内で手術を行うような没入感覚が得られる。また、その3D 画像を iPad などを使って医学部生や患者とも共有することで、理解度も大きく向上することができた。

3D プリンター元年と呼ばれた 2012 年以降は、臓器モデルの実体化にも積極的に取り組んできた。生体臓器の外部・内部構造を抽出し、3D で再構築することで、内部構造までもが再現された臓器模型を作成可能となったのだ。「例えば、癌の大きさはどれくらいで、どこで切るかということのために、情報として形とか位置が欲しいんですよね。しかも自分の手と大きさを比べて感覚を掴みたいので、三次元である必要があるし、自分で動かしてみてインタラクションが得られることが重要です」。

そして、この一連の可触化でブレークスルーとなったのが「3D プリンターで、水を含んだ本物そっくりの臓器を作れるようになった」ことだ。自身も開発に携わった Bio-Texture Modeling® (生体質感造形®) は、生体臓器特有の形状だけでなく、その質感までも同じ感触で立体再現する特許技術。「3D プリンターでは主に硬いものが造形されています。水を含むものは理論上難しいと言われていたんですが、水を含むことのできる樹脂を使って臓器の再現ができた。そこに水 (や、ほかの素材) を何 % 含ませるかを計算して作ると、まるで生きているような臓器モデルができるようになりました」と、杉本氏。

「なぜ水があると生きているように感じるかというと、炭素を含んでいると有機物と言われるのと同じように、生物は水のあるところにしかいないので、流動体には生命を感じるんです。切ったら血が出る、伸ばしたら液体が滲み出るというのは、生きている感じにすごく近いですね」。患者はもちろんのこと、外科医以外は内科の医師すらも臓器に触れる機会は少ないが、この模型は人間の崇高さや命の尊さに触れる機会を提供することにもなるという。

可触化を実現し、内部構造までもが再現された臓器は、患者別の手術支援を実現し、手技習熟のトレーニングや教育にも有用だ。それを最初に証明したのは、競技スキーのレーサーだった氏が、事故による脊椎損傷で生死を彷徨ったときだったという。「担当した整形外科医は、術部と模型を左右それぞれの手で触ることで感覚を得て、安全で確実な手術をすることができました。それまではレントゲンや立体画像を見ながら手術をしていたわけですが、目を閉じて、その感覚を得ることに集中したのです」。

人体模型 内臓 プロジェクション マッピング
杉本氏自身を 3D スキャンした人体模型に内臓をプロジェクション マッピングした展示

患者としての体験、そして医師としての臨床経験から、患者が医療に求めるものは安全性である、と氏は語る。やり直しのできない手術を執刀する機会の多い外科医にとっては、本物同様の臓器模型で術法の検討や手技のトレーニングを行えることが、安心して医療を行うことにつながるのだ。また、米国への留学経験から病院や国の違いによるダイバーシティを理解し、医療施設の規模や国を問わず、より多くの人に優れた医療を提供したいという想いに至る。さらに医工連携による開発を経験したことで、将来的には“医工学”部を実現したいと考えている。

「医療現場で、入手しやすく一般に普及しているテクノロジーを使うメリットは、若手医師や発展途上国の病院でも簡単に真似し、導入できることです」と語る杉本氏は、さまざまな教育活動にも力を入れてきた。「ものを作っても、人を作らないとダメです。人を作らないと、ものは作れない。しかも、人ではなくて人々を作らないと。新しい医者を作るのは、医学教育を作ることだと思います。そのためには、汎用性の高いプラットフォームやソフトウェアが必要です」。

「テクノロジーは一歩一歩積み上げられて進歩するけど、人間はテクノロジーによって進化を獲得する」と、杉本氏は続ける。「僕が取り入れているテクノロジーは、人間を進化させているものだと思います。それは一人がやってもだめで、皆ができることで底上げになるので、さらに簡単にして世の中に出したい。医者にはプロでありたいという人が多いけど、僕は一般の人が扱えるように垣根を下げたいんです」。

国内の医療現場では、研修医制度の変化や医療訴訟のリスク、激務などさまざまな理由により外科医の減少が続いてきた。だが外科分野で 3D プリンターや VR など最新テクノロジーの活用した教育やトレーニングが推し進められることで、新たな外科医の創出にも大きな影響を与えることが期待できる。

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