デジタル化、文書化、民主化: 3D スキャンと博物館の未来

by Matt Alderton
- 2016年3月10日
ワシントンD.Cのナショナル・モールに位置するスミソニアン協会の敷地中央部の北向き鳥瞰写真 [提供: スミソニアン博物館]

エジプトで憤怒がサハラ砂漠の灼熱同様になった 2013 年 7 月 3 日、市民の深まる不満に応えて、軍部が就任わずか 1 年のムハンマド・ムルシー大統領を拘束した。

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ツタンカーメン王の黄金のマスク

この軍事クーデターが、ムルシー派と反ムルシー派の衝突による国内の暴力に触媒作用を及ぼした。カイロの南、ナイル川沿いのミンヤ県にある考古学博物館、マラウィ国立博物館で火事場泥棒が略奪を行った際には、何百人もの生命と共に、1,000 以上もの歴史的な芸術品も盗まれたり破壊されたりした。3,500 年前のツタンカーメン王の姉妹の大理石像のほか、古代の動物のミイラや宝石、焼き物、コイン、棺など何千年も残されてきたものが一瞬にして消え失せたのだ。

博物館はその内部に極めて貴重なものの保護と維持を行うために存在するが、無敵というわけではない。これは心に強く留めておくべきことだ。

窃盗だけが脅威ではない。文化遺物は時間やテロ、破壊行為や天候、さらには馬鹿げた行為によっても失われてしまう。エジプトの文化遺物であるツタンカーメンの黄金のマスクは不器用な清掃作業によって、昨年損傷してしまった

物理的な保存だけでは不十分だ。ワシントンD.C.のスミソニアン協会にあるデジタイゼーション プログラム オフィスで 3D プログラムを担当するアダム・メタロ、ヴィンセント・ロッシ両氏によると、人類の宝を本当に守るため、博物館は 3D スキャニングやモデリング、文書化の形でデジタル保存を活用してきた。デジタイゼーション プログラム オフィスは 2010 年以降、レーザースキャンや CT スキャン、構造光スキャン、写真測量など様々な 3D スキャン技術を活用して 1 億 3,800 万以上もの所蔵品のデジタル化に取り組んでいる。

「ここD.C.で地震があったのは、それほど前のことではありません。今後も起こり得ることです」とメタロ氏は語る。「どれほど文書化を行っても所蔵物を置き換えることはできません。コレクションをそのまま維持することを何よりも優先していますが、3Dテクノロジーでデジタル化することにより、所蔵品をリスクにさらす可能性のある出来事からの影響を軽減できます」。

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ナショナル ポートレート ギャラリー所蔵のリンカーンのライフマスク [提供: スミソニアン デジタイゼーション プログラム オフィス]

実際のところ、歴史家たちはスミソニアンなどの博物館がテクノロジーを活用して所蔵物のデジタル化した“バックアップ”を作成していることを知って、以前より安眠できるようになった。だが、文書化 (Documentation) のステップに過ぎない。同僚たちから愛情を込めて“デジタルカウボーイ”と呼ばれるメタロ、ロッシ両氏にとって、もうひとつの D となるステップが民主化 (Democratization) だ。

「スミソニアン博物館の創立理念は知識の普及です」とメタロ氏。「200年前には、それは学校や博物館を通して知識の普及を行うということでした。もしスミソニアン博物館がいま創立されるのであれば、インターネットを活用して所蔵品をデジタルで見られるようにすることを考えるでしょう」。

「現在の重要な仕事は、コレクションに関連した魅力的なストーリーをウェブ上で提供することで創立理念を実現することであり、これはアクセスを提供する素晴らしい方法です。博物館を個人的に訪れることのできる限られた人数を、米国や世界でインターネットへアクセスできる人数と比べてみると血の気が引きますね」。

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パナマで発見されたイルカの化石を見本からデジタル再構築。これらの3DモデルはSmithsonian X 3D ウェブサイトから表示、ダウンロード、印刷可能 [提供: Nicholas D. Pyenson / NMNH Imaging / Smithsonian Institution]

スミソニアンのデジタイゼーション プログラム オフィスは 2013 年、そのゴールを実現するための重要な前進を行う。ウェブブラウザだけを使ってスミソニアンの所蔵品をインタラクティブな 3D モデルによりバーチャルに探訪できる、オートデスクとのパートナー関係をもとに作り上げたWebGL 3D アプリケーション、Smithsonian X 3D Explorer を立ち上げた。ライト兄弟の最初の飛行機やアメリア・イアハートのフライトスーツ、ケナガマンモスの骨格、フィラデルフィア砲艦、戦争中に作られたエイブラハム・リンカーンのライフマスクの鋳型などのオブジェクトをオンライン表示できるだけでなく、ユーザーが生成するレンダーやアニメーション、さらには 3D プリントされた小さなレプリカを作るためにダウンロード可能だ。

「独自の WebGL 3D ビューアを作成するオートデスクとのコラボレーションにより、[3D スキャンという] 内部的な裏方の作業が、非常にパブリックな活動となりました」とロッシ氏は説明する。「コンピューターやモバイル機器上でモデルを探訪でき、さらにそうしたモデルをダウンロードできることに対して示された人々の喜びが、我々にとって本当のターニングポイントとなりました」。

そのトレンドはさらに成長している。昨年グーグルはオンラインのプラットフォームである Google アートプロジェクトを拡張し、エルサレムのイスラエル博物館所蔵の 9,000 年前のマスクや、カリフォルニア科学アカデミー所蔵の動物の頭蓋骨コレクションなど、博物館やギャラリーの所蔵品の 3D モデルをアップロードできるようになった。また 2014 年には大英博物館が自らのコレクションの 3D モデルを、3D プリント プラットフォームの Sketchfab で発行。グーグルの 3D モデルはダウンロードできないが、大英博物館の方では可能になっている。

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国立航空宇宙博物館所蔵のライトフライヤー号の 3D スキャン [提供: スミソニアン デジタイゼーション プログラム オフィス]

オンラインでの表示やダウンロード、操作や3Dプリンターでの再加工が行えるこれらのモデルは、博物館が視聴者と相互に影響し合う方法を変革することを約束している。一例としては、博物館がコレクションを、その物理的なスペース以上に共用可能となる。例えばベルリンの自然史博物館は現在、その約 1,500 万もの標本で構成される厖大な昆虫のコレクションのデジタル化を行っており、これはギャラリーに展示できるよりずっと多くの数だ。

このプロジェクトの技術面を見届けているイメージング スペシャリストのバーンハード・シューリアンは、「一般の方々と研究者の皆に、どんなコレクションなのかを見て欲しいのです」とニューヨーク・タイムズへ語っている。

またメタロ、ロッシ両氏は、研究者たちは特に興奮していると言う。3Dスキャンは所蔵品を物理的に扱うことが少ないため所蔵品を損傷する可能性が低く、より優れたデータ ポイントが得られ、最終産物はインターネット経由で無限にシェアできる。スキャンが世界中の学者に分析された際には、より新しく深い科学的洞察が得られる。

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アポロ 11 号のコロンビア司令船の3Dスキャンの作成 [提供: スミソニアン デジタイゼーション プログラム オフィス]

だが、メリットが得られるのは科学者だけではない。大衆にとっても同様だ。「例えばライトフライヤー号のような素晴らしい展示品を素晴らしい品質で文書化し、そのオブジェクトをこれまで愛されてきたように、しかもこれまでには見たことのないような方法で人々へ見せたいのです」とメタロ氏。

スミソニアン博物館の最新にして最も野心的なスキャンとなっているのが、ニール・アームストロングとバズ・オルドリン、マイケル・コリンズを歴史的な月面着陸へと搬送したアポロ 11 号の司令船コロンビアだ。今夏に発表された、オートデスクとの協力で製作された 3D モデルは、バーチャルではあるが宇宙船の中をうろつく初めての機会を提供することとなった。

スミソニアン国立航空宇宙博物館へ 2020 年にオープンする最先端の月面着陸展示のメインとなるコロンビアについて、メタロ氏は「アポロ 11 号の司令船は人類の歴史でも画期的な存在です」と語る。「このスキャンにより、人々は内部に入って、より深いレベルまで体験できる可能性が提供されます」。

司令船のキュレーターである国立航空宇宙博物館のアラン・ニーデル博士は、3D モデルがやがては歴史やデザイン、作戦を説明する記事やビデオ、写真にリンクされたオブジェクトのデジタル目次となると思い描いている。

ニーデル博士はコロンビアのスキャンについて、「非常に細部に渡っているため、集めたデータから3Dモデルを作ることも可能になるでしょう」と語っている。「内装のほぼ全てのポジションから、コンピューターの計算によるバーチャルなツアーを行うことが可能になります。そして、この能力で科学者やエンジニア、それ以外でもこのユニークなオブジェクトに興味を持つメンバーの誰もが、そのアクセスすることに時間を使えるようになるでしょう。40年間、誰も中には入れませんでしたが、その内部の非常に高分解能なデータを提供できるようになります」。

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コロンビア司令船の3Dスキャン制作の様子 [提供: スミソニアン デジタイゼーション プログラム オフィス]

スミソニアン博物館は、このデータが館内でタッチスクリーンのインタラクティブな形で、あるいはオンラインで、様々な用途に使えるようになることを希望している。

「我々は、このオブジェクトの象徴的かつアイコン的な重要性を保存し、こうした方法で来場者へ提示するという機会を有していますが、誰も触れないプレキシガラスの中にオブジェクトを封印するのは、その重要な価値の一部を失っていることにもなります」とニーデル博士。「こうした新しいデジタル技術の誕生が、キュレーターとしての活動において教育、保存、維持の面を組み合わせる機会を提供していると思います」。

「胸躍る展望です」とロッシ氏。「先生や教育者が [アポロ11号計画に関する] 授業プランを作り、その提供に3Dモデルをツールとして活用すると期待しています」。

いつの日か、バーデャルリアリティを活用して「司令船そのものを“飛ばす”ことも可能かもしれない。「バーチャルリアリティ体験を伴った、こうしたポテンシャルは甚大です」とメタロ氏。「これまで見たほどがないほど正確な内蔵 CAD モデルを活用し、宇宙飛行士の視点で作成可能なレンダリングを想像してみてください。その可能性は、本当に無限です」。

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