東大阪市の近畿車輛株式会社は 1920 年の創業以来、約 1 世紀にわたって鉄道車両の製造に取り組んできた。近畿日本鉄道のすべての車両のほか、JR や私鉄のさまざまな車両を手がけてきたが、現在は製造に関わる 6 割以上を海外向けの鉄道車両が占めるという。

近畿車輛で取締役設計室長を務める南井健治氏は、1979 年に京都市立芸術大学を卒業後、同社に入社。それ以降 30 年にわたって鉄道車両のデザインを手がける、日本を代表する車両デザイナーだ。

「デザインという言葉には、企画・計画・設計といった広い意味でのデザインと、色や形を指す狭い意味でのデザインがあります。英語では前者を “design”、後者は“styling“と言いますが、日本では後者のみをデザインと捉え、専門的な技術がある人が行うものだと考えられがちです」と、南井氏は語る。「でも私自身は、絵を描くことだけがデザインだとは思っていません」。

鉄道 デザイン 近畿車輛 南井健治
Autodesk University Japan 2018 の特別公演に登壇した近畿車輛 取締役設計室長の南井健治氏

「大学などで教えるデザインには、大きく分けてランドスケープデザインのような“環境”、商業デザインやビジュアルデザイン、Web デザインのような“情報”、そしてプロダクト デザインのような“モノ”に関係するものがあります。車両デザインはどちらかというとプロダクト デザインに分類されますが、実はこれらは全く独立したものではなく、それらすべての要素が組み合わさって出来上がっているものです」。

ユーザーはあくまでも人間である、という大前提のもと、何を誰のためにという「企画」を作り、どんなものがベストであるか、という「イメージ」を膨らませ、どうやって作るか、コストをどうやりくりするかといった具体的なプロセスを経て「実現」させる、それぞれの過程がすべてデザインである、と南井氏は続ける。

「ソフトをベストなハードにしていくこと、それがデザインなんです。ですからデザインはデザイナーだけが行うものではなく、経営戦略や商品戦略、製品を実現化した後の販売戦略などのすべてを包含しているものがデザインだと、私は考えています」。

車両が生み出す本当の価値

Autodesk University Japan 2018 での南井氏の特別公演の中で触れられたインダストリアル デザインの先駆者、レイモンド・ローウィは自著『口紅から機関車まで』のタイトルにもある通り、実に様々なモノのデザインを手がけた。

「彼の活躍した当時は、インダストリアル デザインやプロダクト デザインが非常にクローズアップされてきた時代です。その転機となったのは 1929 年の世界恐慌でした」と、南井氏。「世界経済がどん底まで落ち込み、モノが売れなくなった時に、モノを売るためにデザインを使うようになったのです。当時の“売れるデザインはいいデザインだ”という考え方は、そのまま現在にも引き継がれています」。

レイモンド・ローウィのデザインとして日本でも馴染みがあるのが、昭和 27 年にリニューアルされたタバコ「PEACE」のパッケージだ。このパッケージ デザインは、総理大臣の月給が 11 万円だった当時としては破格の 150 万円という価格で依頼されたことでも、大きな話題となったという。

「このデザインに変えたことで、PEACE の売り上げは 3 倍になりました。中身が同じものでも、パッケージを変えることで価値を高めることができる、デザインは付加価値の創造である、という画期的な例となったのです。ところが、私たちが作っている車両となると、必ずしもこれが当てはまるとは言えません」。

近畿車輛は、特徴のある外観や高級感たっぷりの内装を備えた「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」のようなクルーズトレインも、東京メトロ日比谷線に使われている 13000 系のような一般車両も手がけている。

「確かにクルーズトレインのデザインは付加価値を生んでいます。では、地下鉄の車両よりも優れたデザインかというと、必ずしもそうではない。クルーズトレインは、たまにはいいけど毎日食べ続けたら飽きてしまうおかずのような存在で、一方の地下鉄は毎日食べるごはんのような存在です。一期一会としてあるべきもの、常に利用すべきもの、それぞれの価値を置くポイントは違う。それは付加価値ではありません。目的に合った本当の価値が必要で、それを創るのがデザインなのです」。

一般の商品は、ユーザーが好みや予算に応じて同機能の多製品の中から選ぶことができる。だが鉄道車両は、利用したい場所を通っているかどうか、料金が高いか安いか、くらいしか選択する余地がない。所有するものではなく公共のもので、線路の上という限定された場所を走る。走行中にも車内を立ち歩くことができ、シートベルトが不要であるなど、極めて特殊な条件のもとで“良いデザイン”を追求する。それが鉄道車両におけるデザインであり、「鉄道車両デザインは“売れる”、 “売れない”ではなく、正義のデザインを追求しなければならないのです」と南井氏は言う。

「ベッド付き個室のあるものから、シートのないものまで、空間としてのバリエーションの幅が大きく、長期間使われるためのデザインとしての長い耐用年数と、いつも美しくしておかなければならないメンテナビリティの高さも要求される。その条件はクルーズトレインでも、時速 300 km で走る新幹線でも、地下鉄の車両でも同じです」。

世界基準のローカルデザイン

鉄道車両のデザインにおいては、公共性と地域性が特に求められると南井氏は強調する。それは、入社 5 年目から海外で使われる車両のデザインを手がけてきた氏が、実感してきたことだったに違いない。

「大人、子ども、高齢者、障がいのある人のすべてに優しいユニバーサルデザインが求められる公共性と、地域によって鉄道車両に求められる文化の違いにも対応する必要があります。例えば高温多湿の香港では、ひんやりしていて清潔感があるということで、日本では敬遠される硬い金属の椅子が要求されます。また、サンノゼの車両では自転車をそのまま積み込みたい利用者のために、自転車を吊り下げるフックを用意する必要がありました」。

近畿車輛のデザインは世界の都市を走っている。米国や香港、マニラをはじめ、最近はエジプトやドバイなど、中東の国々にも輸出されるようになった。2019 年に開業が予定されているカタールのドーハメトロは、2017 年度のiFデザイン賞、Red Dot 賞を受賞している

「ドバイの場合は、首長国であるという事情から、最終決定はすべて首長によってなされます。我々が手がけたドバイメトロもまた、首長からの『世界一美しい電車を作れ』という命のもとにデザインしたものでした」。

その実現のため、チームは「ドバイの人々にとっての美とはなにか」という調査からスタート。イスラム教圏である当国では、車両も標準車両のほか、VIP 用車両、女性と子ども専用の車両をすべて異なる作りにする必要もあった。何度も提案しては NG を出され、現地のデザイナーからのアドバイスもあって、ようやく単色ではなく、モザイクのような床の柄が重要だということに気づいたという。またビルの多いドバイの都市で映えるよう、第三軌条から車両に給電する方式を採用し、屋根の上にも模様を施した。

「鉄道車両は 1958 年頃から技術の急速な進歩により、技術がデザインの要となる時代が続きました。しかし、1985 年頃からはデザイン手法が導入され、その後は地域に合わせた多彩なデザインが採用されるようになります。さらに 2013 年以降は、衆から個に、人や環境への優しさをデザインする時代になりました」。

「今後はさらに文化の違いを尊重した、世界基準のローカルデザインが求められます。地域に根ざすものとしてはガラパゴスでもよいのですが、世界基準での質の高さが要求されます。地域限定の鉄道車両のデザインにおいては、用いられる地域のさまざまな文化を考えなければなりません。そして、その結果をわかりやすく伝えていく必要があります。コンピューター技術を使った、さらなるわかりやすさの追求も大きなテーマとなっていくでしょう」。

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