3D プリントの歴史: 意外にも発明は 1984 年 !?

by Dana Goldberg
- 2014年11月26日
3D プリントの歴史 タイムライン
Lightboard

30 年前に生まれ、今でも最新のように見えるものなどあるだろうか? 信じられないかもしれないが、3D プリントがそうなのだ。アディティブ マニュファクチャリング技術は、レーガンが大統領に再選された時代 (日本は中曽根政権時代) から存在している。その 3D プリントの歴史を辿ってみよう。

1981 年 – 1999 年: アディティブ マニュファクチャリングの幼年期

1981 年、名古屋市工業研究所の小玉秀男氏が、光硬化樹脂 (フォトポリマー) を使ったラピッド プロトタイピング・システム (詳細は後述) を発表。硬化させた層を積層することでモデルが作られ、各層はモデルのスライスになっている。どこかで聞いたような説明ではないだろうか?

その 3 年後、1984 年にチャールズ (チャック)・ハル氏が光造形法を発明。この光造形法では、デザイナーがデジタルデータで作った 3D モデルを、立体の造形物の作成に使うことが可能だ。

この光造形で重要なのが、アクリルをベースとする光硬化樹脂素材だ。光硬化樹脂で満たされた槽に紫外線レーザービームを照射すると、光の当たった部分が瞬時にプラスティックに硬化して、3D モデルのデザインが立体の造形物となる。この新たなデザインは、もちろん発明者たちにとって大きなニュースであり、これは理論的には、製造の際に必要となってきた巨額の初期投資なしに、デザインのプロトタイピングとテストができることになる。

ビル・クリントン サックス 3D プリントの歴史

チャールズ・ハル氏が設立した 3D システムズは、ビル・クリントン大統領がTV番組でサックスを披露した 1992 年には世界初の光造形 (SLA: Stereolithographic Apparatus) マシンを生み出し、積層方式により複雑なパーツを、従来と比較すると飛躍的な短時間で作れるようになった。同年、スタートアップのデスプトップマニュファクチャリング会社が、液体でなく粉末へレーザーを照射する、選択的レーザー焼結 (SLS: Selective Laser Sintering) マシンを発表している。

こうしたテクノロジーは未成熟で、まだ完成されていなかった。材料の硬化時には歪みが生まれ、マシンはホームユースには向かない高価なものだったが、ポテンシャルは無視できないものだった。そのポテンシャルに現在も追求の余地があることは、これまで築かれてきた 3D プリントの歴史が証明している。

1999 年 – 2010年: 3D プリントの思春期

それから 2000 年まで、スリリングな日々が続いた。「ビバリーヒルズ高校白書」、「ビバリーヒルズ青春白書」の放送が続いただけでなく、3D プリントによる器官が初めて人間に移植されたのだ。ウェイクフォレスト大学再生医療研究所の科学者たちは、人間の膀胱の合成足場材をプリントし、それを患者の細胞で覆った。患者に埋め込まれた、こうして作られた組織は、自己の細胞から作られているため、免疫システムからの拒絶反応がほぼ無い。

医学的には 3D プリントにおける輝かしい時代だったと言える。わずか10年という短い時間で、機能するミニチュアの肝臓や、構造内に複雑な構成パーツまでプリントされた義足人間の組織だけを使ってバイオプリントされた最初の血管が、さまざまな研究所やスタートアップ企業から生み出された。

また、3D プリントとオープンソース・ムーブメントの遭遇が生まれた時代でもあった。2005年には、エイドリアン・ボイヤー博士による RepRap プロジェクトが、自作できる、もしくは少なくとも大半のパーツをプリントできる 3D プリンターのイニチアチブを立ち上げる。2008 年にリリースされた Darwin は、自己複製するプリンターであり、それだけができた。世界中の人が、突然、思い描いたものを何でも作れるパワーを手にしたのだ。(参考情報: 2009 年にスタートしたKickstarter は、設立以来、無数の 3D プリント関連プロジェクトのクラウドファンディングを行ってきた)

3D プリントの歴史 自身のパーツ作成 2005

こうした製造の民主化は、2000 年代半ばまでには一般にも知られるところとなり、またマス・カスタマイゼーションのアイデアともなった。2006 年に SLS マシンの販売が始まると、生産用パーツのオンデマンド製造が実現。3D プリンティングのスタートアップ企業、Objet (その後、ストラタシスと合併) は複数材料のプリントが可能なマシンを作り、これによりひとつの部品を、異なる材料特性による、複数のバージョンで製造できるようになった。

この時代のクリエイティブな革命としては、デザイナーが顧客やその他のデザイナーからのフィードバックを集め、その後作品を低価格で製造できる 3D プリントのマーケットプレイス、Shapeways など、コラボレーティブな共同クリエイション・サービスの誕生が挙げられる。また、メイカーズが 3D プリンターや作品を作れるよう、オープンソースのDIY キットを提供する MakerBot の登場も、その最後の一押しとなった。こうなると、デザイナーやイノベーターの仲間入りをするバリアは、日に日に下がっていった。

2011年から現在まで: 3D プリントのゴールデンタイム

この数年を振り返ってみると、まるで未来を生きているようだ。3D プリントされたジェットパックも、間もなく登場するかもしれない。

3D プリンターの価格がどんどん下がり、3D プリントの精度も向上したが、イノベーターたちの要求は、チャールズ・ハル氏が想像できた世界を超えるほど高まっている。もう、デザイナーたちがプリントするものは、プラスティックに制限されていない。ゴールドやシルバーで夢の婚約指輪をプリントすることも可能だ。サウサンプトン大学のエンジニアは、世界初の 3D プリントされた無人飛行機を飛ばしているし、KOR Ecologic はボディが 3D プリントされ、高速道路で85 Km/L の燃費を実現する車、Urbee のがプロトタイプを制作した。

では、現在はどうか。この原稿が掲載されるまでの間にも、世界のどこかでアディティブマニュファクチャリングによるブレークスルーが起きているに違いない。もう、全てを追いかけるのは不可能に近い。将来的には、子供たちは教室の 3D プリンターを使って芸術プロジェクトに取り組み、歯科医はカスタムプリントした義歯による治療を行えるようになる。私はとりあえず、ジェットパックを手に入れられる日を楽しみに待つことにしよう。

3D プリントの歴史 宇宙飛行士 3D プリント フード

3D プリント関連の意外な事例 3 つ (順不同)

最も驚かされたのは、どの 3D プリントのイノベーションだろうか? アディティブマニュファクチャリングが、これから向かう方向は? 3D プリントの歴史の、次のマイルストーンとなる出来事は? ぜひコメントを残してください。

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