慶應アルファ: ハイパーループ構想を学生チームが加速

慶應アルファ ハイパーループ ポッド
[提供: 慶應アルファ]

真空近くに減圧されたチューブの中を、浮上した車両が音速に迫る時速 1,220 km で疾走し、600 km 離れたロサンゼルスとサンフランシスコの間をわずか 30 分で移動。SpaceX の共同設立者であるイーロン・マスク CEO が 2013 年に発表した、無謀とも思えるハイパーループ構想の実現が、オープンイノベーションにより加速している。

その開発へのアプローチもユニークだ。オープンソース化されたハイパーループ構想に賛同する HTT と Hyperloop One の 2 社がキーテクノロジーを共有しながら開発を競う一方で、浮上ポッド (車両) などの要素技術にはコンペ形式を採用。このアイデアを実現すべく世界中から知恵が集められ、そこで得られた情報もオープンソースとして共有されることになっている。

SpaceX が 2015 年夏に発表したポッドのデザイン・コンペには、大学を中心に世界中から実に 1,200 を超える応募が寄せられた。そこから慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科のチーム「慶應アルファ」を含む 27 チームが、試作ポッドでスピードや総合評価を競う「ハイパーループ・ポッド・コンペティション」に進出。2017 年 1 月 29 日には、米国ロサンゼルスにある SpaceX 本社の敷地内で 1,000 人以上を集めたイベントが開催された。

留学生が集結した多国籍チーム
この慶應アルファをスタートさせたのは、マレーシアから留学中のデヴィッド (チュウ・ビー・クワン)。SDM (System Design and Management) 研究科附属 SDM 研究所 上席研究員、宇宙工学者である狼 嘉彰(おおかみ よしあき) 氏をアドバイザーに迎え、2016 年のプレゼン審査を経て、徐々にメンバーを増やしながらコンペに向けたポッドの開発を行ってきた。

このコンペは、内部が減圧された直径 1.5 m、全長 1.5 km のチューブ内に敷かれたアルミ製 I 型鋼のガイドウェイ上を、各チームのポッドを走行させて移動距離やスピードなどを競うというもの。チューブ内に収まるサイズであればスケールや駆動方式などに制約はないため、持ち込まれたポッドもバラエティ豊か。全長 6 m、重量 1.2 t という巨大なポッドもある中、慶應アルファのマイクロポッドは全長 0.75 m、重量 24 kg で最小のものだった。

このポッドは、先ごろ建設の始まったリニア中央新幹線同様に磁気で浮上するが、その方式は似て非なるものになっている。超電導リニアと呼ばれる中央新幹線の走行方式では、特定の物質を一定の温度以下にすることで電気抵抗がゼロになる「超電導現象」を利用した磁石がキーデバイス。これを車両へ搭載する一方、地上設備としては全線の側壁に取り付ける浮上/推進・案内用コイルが必要となり、車体搭載の磁石とコイルの磁気相互作用で浮上して走行する。

慶應アルファのシステムは永久磁石を収めた回転体で磁場を変化させて反発力を得るもので、超電導現象は不要。常温での動作が可能な上、ガイドウェイの両側にアルミの板を敷くだけで浮上可能なためコイルも必要なく、インフラ面で劇的なコスト削減が実現する。「数人乗り、あるいは物を素早く移動させるという用途であれば、この方式の方が適していると思います」と、狼氏は述べる。「ものを移動させるだけのシステムであれば、日本の技術力なら2年もあれば実用化できるでしょう」。

慶應アルファ ハイパーループ メンバー
取材に協力いただいた慶應アルファのメンバー。左からダニエル、サンディ、SDM 研究所顧問・講師の狼氏、同研究院の熊谷直武氏、セドリック

チームを構成するのはマレーシア、中国、インドネシア、ドイツからの留学生で、バックグラウンドも心理学から機械工学まで幅広い。その多くの国では既に高速鉄道が実用化されているか、もしくは現在計画が進んでいる。だがメンバーたちは田舎に住んでいても都会で仕事ができるよう、ハイパーループの開発が高速移動システムの進歩を加速し、衛星都市の発展を後押しすることを、共通して思い描いているという。

2016 年からチームへ参加しているサンディは、「メンバーのほとんどは、慶應がコンペティションに参加すると聞いて、最初はとても驚きました」という。「SpaceX のイーロン・マスク氏のプロジェクトだと聞いて、すごく興味を引かれました。彼は本当の意味でのパイオニアだと思っているし、特にエンジニアリングのバックグラウンドを持つ僕らにとっては大きな存在です」。

メンバー間のコミュニケーションは、週に一度のミーティング以外はオンラインで行われることが多く、テクニカルなディスカッションはほとんどが Facebook のプライベートグループで行われた。各コンポーネントは別々のメンバーが設計しているが、Autodesk Fusion 360 をプラットフォームに使うことで、クラウド上のデータへ常にどこからでもアクセスでき、メンバー全員が効率的かつ迅速にデザインに貢献できたという。

学生チーム主体のコンペとはいえ、米国の 25 チームと比較すると、海外からの参加は運搬や移動に大きなハンデを背負うことになり、それは開発費にも大きな影響を与える。慶應アルファのポッド開発でも最大の苦労は資金調達であり、メンバーたちは常に「クリエイティブ」である必要があった。

例えば、学内の施設は無料で使えるため、開発初期段階では 100 円ショップで入手できる板をレーザーカッターで加工して使うなど、安価に手に入る身近なものを活用する工夫が行われた。ポッド全体を覆うシェル部分も、当初は予算の都合でスーツケースを改造して作ることを検討していたほどだという。

だがプロダクトデザインやオートモーティブデザインで高い評価を受ける日南グループからシェルのデザインと製作、CG、アニメーションのサポートが得られることになり、それが大きなターニングポイントとなった。Fusion 360 ユーザーであるクリエイティブスタジオ/デザインディレクターの猿渡義市氏ら、日南グループとのコミュニケーションも担当したダニエルは、「突然何の制約もなくなり、空気力学的にも非常に優れた、素晴らしいルックスのシェルが実現できました」と興奮気味に語る。

予算の制約のある中、創意工夫と理解あるスポンサーからのサポートにより、慶應アルファは 1 月のコンペティション I で、見事にトップ 10 通過を果たす。会場の展示ブースにはイーロン・マスク氏も長時間滞在。表彰式では「個人的には、旅行かばんに入れて持ち運べる慶應アルファがお気に入り」だと述べてメンバーたちを喜ばせた。

チームは現在、2017 年 9 月に予定されているコンペティション II に向けた書類を準備中。最高スピードを競うことがテーマとなるため、ポッド規模の拡大やチームの拡張、資金調達などさらなる難関も待ち受けている。

こうしたハイパーループの開発手法は、驚くほどのスピードで開発を行い、失敗を繰り返しながら目標を達成していく SpaceX を思い起こさせる。慎重を期して時間をかける開発手法を重視してきた日本の文化には馴染まないかもしれない。だが、リニア中央新幹線が開業を予定している 2027 年には、ハイパーループにより高速移動システムそのものが再定義されているかもしれない。

1 月のコンペにアジアから唯一出場した慶應アルファは日本から参加した唯一のチームでもあったが、次回のコンペには新たなチームも参加可能だという。「失敗しても、そこからどうすればいいかは後で考えればいいという気持ちで、まずは情報に敏感になり、チャレンジしてほしいですね」(狼氏)

慶應アルファのメンバー

  • Chew Vee Kuan (David) – Team Leader
  • Lee Kok Leong (Andrew)
  • Sandi Adhitya Kolopaking
  • Cui Lin Feng (Sai)
  • Natnaree Sopachote (Natalee)
  • Daniel Daum
  • Cedric Caremel
  • Victor Cuesta

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