マイ デザイン マインド: アーバン エアスペース彫刻家ジャネット・エッチェルマン氏

ジャネット・エッチェルマン
[提供: Studio Echelman]

ロスト バゲージや小包の紛失が起きた場合、その瞬間にはひどく腹を立てても、大抵は時間の経過とともに不便を被った記憶も薄れていく。だがアーティストのジャネット・エッチェルマン氏にとって、それは人生とキャリアの道程を変えるものとなった。

厳密に言うと、なくなったのはペンキだった。フルブライト プログラム (米国の国際交換プログラム、奨学金制度の総称) によりインドで教職に就いていたエッチェルマン氏がマハーバリプラムの小さな漁村へ発送した美術セットが、彼女のもとに届くことはなかった。そのため、自身の芸術的課題の変更を余儀なくされたのだ。新たな表現手段を探し求めるうち、よくある光景に目を留めた。それが漁業用ロープだった。数多く存在しており、古くから手作業で作ってきた漁師たちもたくさんいた。こうして、宙に浮かぶ彼女の初のファイバー ワーク彫刻作品が生まれたのだ。

それ以降、エッチェルマン氏は振り向くことなく、ずっと上を見上げてきた。彼女の巨大な空中彫刻作品は世界各地の多数の都市を美しく飾ってきており、その追求はグッゲンハイム奨学金を得て続けられている。

最近ではボストン中心街にあるローズ・ケネディ・グリーンウェイに、エッチェルマン氏最新の彫刻作品「As If It Were Already Here」(まるでずっとそこにあったかのよう) が設置された。これは高架道路の撤去で生まれたエリアを再利用して、新たな都市空域を定義したものだ。エッチェルマン氏が言うように、「オープンな空間を綴じ合わせ、中心街とウォーターフロントを再びコネクトするもの」となっている。

エッチェルマン氏のインスタレーションのような大作では、「綴じ合わせる」という表現は少し繊細すぎるかもしれない。この新作は全長約 183 mで、使用されるロープの長さは 161 ㎞ 以上で、結び目の数は 50 万以上、重さは 900 ㎏ に及ぶ。これほどまでに巨大なものが空中に浮かび、風にも繊細にゆらめく。

エッチェルマン氏は今回の取材で、自身の作品の詳細や、デザインにおけるリスクとテキサス ホールデム ポーカーの共通点から、時には自身への内なる批判を控える必要がある理由、ボストン茶会事件から 1950 年代の自動車の増大に至るまでの土地と歴史がデザインに与えるインスピレーションなどを語ってくれた。

ジャネット・エッチェルマン インスタレーション
ボストンに設置されたエッチェルマン氏の最新インスタレーション [提供: Studio Echelman and Melissa Henry]

ボストンの中心街に設置された最新インスタレーションの、インスピレーションとなったのは?
リサーチの過程で、作品がつながれることになる建物を訪問した際に、管理スタッフが地下階の壁を見たくないかと尋ねてきました。その理由を聞くと「(米国第 2 代大統領) ジョン・アダムズがオフィスを構えていた当時の、防波堤用の御影石があるんです」と言うのです。

それには驚かされました。私たちが立っているこの緑地は、かつては水辺でした。米国の急進派が紅茶箱を海に投棄した、あの港だったのです。

そして、私はこの街の発展と分割の歴史に関する考察を始めました。ここにはかつて丘が広がっており、斜面を削って港内の整地が行われました。自動車が幅を利かせるようになった 1950 年代には、高架幹線道路が建設されました。そして最新の中央幹線道路/トンネル プロジェクト (通称 Big Dig) に関連する撤去工事で、この美しい緑地が生まれたのです。

こうした歴史すべてがデザインのインスピレーションとなっています。作品内にある穴は、元々あった 3 つの丘の頂上を連想させるものです。また、幹線道路の車線の形にも注目しました。それが作品内の縞の濃淡のインスピレーションとなっています。作品の全体的な形状は、この空間と街の未来を形作る上での、私たちの「道程」を象徴したものです。

ジャネット・エッチェルマン インスタレーション
[提供: Studio Echelman and Melissa Henry] 

こうした巨大なインスタレーションのデザインは、どのようにスタートするのですか?
実際のところ、デザイン ツール無しには製作できないと思います。紐やワイヤーを使った物理的な 3D モデルから始め、次に JNet という、Maya 用プラグインとしてオートデスクと共同開発したカスタム ソフトウェア ツールを使用してデジタル 3D モデルを作成します。

ソフトウェアを使うことで、作品の制作上の制約を理解しながらファイバー メッシュの形状をモデリングできます。使用する各ロープの直径と破壊強度、厚み、重量を入力することで、重力によってどのようなドレープが生まれるのか、それが風速によってどう動くのかを見極めることが可能です。これが、私のデザイン プロセスに革命をもたらしました。

また以前は不可能だった、大量の反復を素早く検証できるのもエキサイティングです。かつてはデザインをフランスに送り、それをエンジニアが 2 週間から 4 週間かけて検証していましが、検証後の変更箇所が 2 箇所程度なら幸運でした。今では、その日のうちにさまざまなバリエーションを試せるようになり、制作プロセスの可能性が大きく広がりました。

ジャネット・エッチェルマン TED インスタレーション
TED カンファレンスでのエッチェルマン氏のインスタレーション [提供: Studio Echelman and Ema Peter]

制作のスケジュールとプロセスはどのようになっていますか?
作品の制作期間は、通常は 9 カ月です。手作業の工程はスピード アップできません。

よりひもやロープの組編みも含めて、すべて米国内で制作しています。同じ制作者たちと 10 年以上にわたって連携しているので、関係性も深いものになっています。彼らの理解は、私にとって重要です。大半はピュージェット湾地域に居住していて、あの地域は昔から商業漁業に関わりのあるエリアです。

ファイバー アート作品の分野以外で、見事だと感じた新しいデザインは?
ザ・ハイラインを、生活を豊かにする心地良いパブリック スペースとして展開するというアイデアには好感を持ちました。建築家レンゾ・ピアノ設計のビル、ロンドンのザ・シャードを観てきたところなのですが、彼の建築のディテールと軽快さは非常に美しいと思います。

キャリアをスタートした当時の自分にアドバイスできるなら、どのような言葉を贈りますか? あるいは、自身の進路や思想の発見のために一歩踏み出そうとしている、他のアーティストやデザイナーに対しては?
私自身に対しては、「そう心配するな」と言うでしょう。他の人に対してアドバイスするならば、自己批判から逃れることはできないが、時折それを止めてみることも大切だ、ということになると思います。私たちは自主検閲により、発展させ練り上げる前に、余りに多くのアイデアを没にしてしまっています。

ジャネット・エッチェルマン
ジャネット・エッチェルマン氏 [提供: Studio Echelman and Todd Erickson]

私のあり得ないような経歴も、まさにそれだと思います。もしあのときインドで、自分にじっくり考える余裕を与えず、こういったクレイジーなアイデアと平凡な素材について真摯に考えることがなかったら、今のような形へと発展させることもできなかったでしょう。自分自身のアイデアを尊重するべきです。それが、ぱっとしないものだと感じられたとしても。

あなたにとって、最大のリスクとその報酬は?
確かに、仕事ではある程度のリスクを冒してきました。とはいえ、やみくもに危険を冒すことはしません。準備し、チームを編成し、検討して、できるだけ入念に取り組みます。

アーティストとして、またデザイナーとして、独自のアイデアを持ち、その正当性を確信できて初めて、他の人々とビジョンを共有できると考えています。つまり、それがリスクです。テキサス ホールデム ポーカーの「オールイン」 (全額を賭ける合図) のようなものですね。必ずしも完全に確信しているわけではありませんが、ある意味で最善のリスクを取るのです。

私のキャリアでも初めての、ポルトガルでの大規模な空中彫刻作品の制作依頼を、やり方も分からないまま受けたのは大きなリスクでした。ですが、あのときリスクを取ったことで、それ以降のすべてが実現しました。

Redshift の「マイ デザイン マインド」では、さまざまな業界をリードするデザイナーたちの洞察を紹介しています。

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