建築物の入居後施設評価をテレビゲームで事前に実行

by Angus W. Stocking, L.S.
- 2017年1月30日
入居後施設評価 St Helens and Knowsley Teaching Hospitals NHS Trust
リアルタイムの人工的な環境で再現されたイングランド・セントへレンズの St Helens and Knowsley Teaching Hospitals NHS Trust 受付エリアの画面キャプチャー [提供: Arup]

クライアントと建築家が、特定のビル デザインがどれほど優れたものか、また改善の余地があったかどうかを判断するには、そのデザインのユーザー パフォーマンスの評価が適している。

この概念を扱う、POE (Post-occupancy Evaluation: 入居後施設評価法) と呼ばれる学問領域も存在する。アラップは BUS (Building Use Studies: ビル使用研究) 方法論を用いる業界のパートナー 22 社によるネットワークと共に、この分野に足を踏み入れようとしている。POE に取り組むデザイナーはあまりに少ないのだが、プロジェクト着工前にゲーム化されたシミュレーションを行うことで、この状況が変わるかもしれない。

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金鐘駅の画面キャプチャー [提供: Arup]

アラップで Digital Environments NeXt_work のグローバル リーダーを務めるアルヴィーゼ・シモンデッティ氏は「何かをデザインしたら、それを使用して、その後に評価がなされるものです」と話す。「このプロセスは、具体的な改善のアイデアをもたらします。建築、設計分野に従事する誰もが、同じ失敗を繰り返さないよう、POE の重要性を認識しています。でも実際には、それほど頻繁に実行されているわけではないのです」。

POE が建築界で一般的な手順とされていないのは、プロジェクトに「入居後」の作業に対する料金が組み込まれていないこと、そして導入に対する抵抗が業界に存在していることの 2 つが理由だ。POE は、ビルへの「入居」が行われた後に実施する必要がある。また駅や空港、病院など集中的に使用されるビルの有効性の調査は、日常業務をこなしている多数のユーザーの参加を必要とするため困難だ。「難しい場合もありますね」と、シモンデッティ氏。

また、その要因は、少なくとももうひとつ。それは POE の幅広い活用を抑制する、心理的な要因だ。このプロセスの本来の意図は、施設の有益な特性を評価し、より優れたビルとなるよう運用を最適化することにある。だが、設計の誤りを発見する手段だと捉えられがちだ。

このもどかしい挑戦にシモンデッティ氏は、自身が開発した「建設前入居後施設評価」(POEPC: Post-occupancy Evaluation Preconstruction) と呼ぶ評価方法により、正面から立ち向かうムーブメントを牽引している。

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金鐘駅の環境のモニター横 3 台分の画面キャプチャー [提供: Arup]

氏が指揮した POEPC プロジェクトに、香港で最も混雑する駅である金鐘駅の拡張工事がある。アラップは、金鐘駅に 2 路線を追加設計する依頼を受けた。これはホーム数を 2 倍、目的地を最大 50 以上とするものだ。

シモンデッティ氏は混雑時の状況をシミュレートするため、駅の 3D デザイン モデルとゲーム エンジンを使用して、背景音、正確に再現された標識やサイン、ひしめき合うアバターの群衆などによるリアルな駅環境を作り上げた。そして、ユーザーが「ジョイスティック」で駅構内のアバターを操作できるシステムをインストール。ユーザーの周辺視野を埋めるよう頭の高さに設置された 3 台のモニターにより、歩行の体験をシミュレートできる。

アラップは、このケースでは提案された標識とウェイファインディング (サインだけでなく色彩計画や内装、家具などを活用することで、誰もが短時間で正確に目的地へ到着できる分かりやすい誘導方法)のスキームを評価した。これは 1 日当たり 100 万人が利用する駅において、検証すべき重要な点だ。シモンデッティ氏はユーザーに、モデル化された駅内のある位置から別の位置までアバターを誘導させ、デジタル チェックポイントを通過するスピードを計測。それによって、提案されたウェイファインディング (サインだけでなく色彩計画や内装、家具などを活用することで、誰もが短時間で正確に目的地へ到着できる分かりやすい誘導方法) の仕組みが実際にどれほど有効かに関する、重要な情報を収集できた。このようにして、標識がまだ取り付けられていない着工前の段階で、正確にモデル化された環境内で入居後施設評価が実施された。

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一般展示によるウェイファインディング セッションで収集されたクラウドソーシングによる金鐘駅のデザイン フィードバックをデザイナーが検証中 [提供: Arup]

こうしてアラップはウェイファインディングのデザインプロセスをクラウドソースでき、このバーチャルな実験と分析から極めて実用的な成果が得られた。例えば、何百人ものユーザーによる検証により、4 フロアにわたるエスカレーターの下側乗降口に恒常的な渋滞が生じることが判明した。

「このエリアのサインを 2D で確認しても、何の問題もありませんでした」と、シモンデッティ氏。「でもバーチャル ユーザーがジョイスティックを使ってこのエリアを通過し、下階への移動にエスカレーターを利用すると、エスカレーター上からは重要な標識が見えない状態となるため、乗降口でユーザーが戸惑って立ち止まりがちになることが分かったのです。バーチャル分析がなければ、「リアルな」ユーザーが「リアルな」渋滞を生じさせるまで、この問題は発見できなかったでしょう」。

このリアルタイムの人工的な環境 (英文記事) を活用することで、提案された 970 点の新しいサインのうち、最終的に 235 箇所の潜在的な問題を特定するに至った。これが効率をどの程度向上させるのか、数値化して推定するのは困難だが、POEPC プロセスが香港の通勤通学者を何十万時間分もの戸惑いから救ったことは間違いない。

ユーザーにより良い体験を生み出す POEPC プロジェクトは、金鐘駅だけではない。POEPC は、シモンデッティ氏と彼のチームが長年にわたり、さまざまな文脈で試みてきたことでもある。「病院は、ある場所から別の場所まで大勢の人々が移動して使用されているという点で駅と類似点があり、その意味でこの種の分析に適しています」と、シモンデッティ氏。「アラップは 10 年以上も前、VINCI Construction UK Ltd と St Helens and Knowsley NHS Trust のプロジェクトのデザイン段階で、POEPC の初期バージョンを応用しました。この病院は POEPC プロセスを使用して建設された英国初の建造物のひとつで、現在運用中であり、大きな成功を収めたプロジェクトとして広く認められています」。

非常にリアルな病院環境を再現するため、ここでもデザイン モデルとゲーム エンジンが使用された。だが今回は、ジョイスティックの操作は無作為のユーザーではなく、新しい病院で実際に働く予定の専門家たちに任せられた。重要な発見は、提案された手術室を「使用」するよう看護師たちに依頼した際に得られた。

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一般展示による金鐘駅の環境のウェイファインディング セッション [提供: Arup]

「私たちがデザインの検討を依頼した関係者の中でも、看護師たちが最も高い関心を持っているように見えました。彼らがジョイスティックを操作して手術室内を動き回る姿を見て、彼らに対する信頼と、自分たちのデザインに対する自信が高まりました」と、シモンデッティ氏。「最初に出た質問は“トイレはどこですか?”というものでした。手術は何時間にもわたることもあるため、手術チームにはトイレが必要です。ただし手術室から「近い」ところで、「中」ではない場所に。そうした変更が設計段階で行えたので、大きな手間を省くのに役立ちました」。

POEPC は、今後も発展していく分野だろう。シモンデッティ氏は、既にこのプロセスのバリエーションを検証している。複数のユーザーのネットワーク化、設備インターフェース (エレベーターの操作パネルなど) のデザイン、A/B テスト (複数のデザインのパフォーマンス評価)、特定のユーザー アクションが引き起こすサウンドやその他のフィードバックの導入などだ。現在、氏のチームは新たなウェイファインディング プロジェクトに取り組んでおり、RFP (提案依頼書) を検討している最中だ。

だがこのテクノロジーの活用は、初期のバージョンであっても、まさにゲームチェンジャーと呼べるような革新的な成果をもたらした。エスカレーター乗降口の渋滞も、手術室から離れたトイレへと駆け込む看護師の姿もなくなったのだ。

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