東京工業大学 工学部の学生で構成される東工大メディア研究会 (TITAMAS) は、昨年秋に行われた学生向けハックイベント「JPHACKS 2016」へ参加するにあたり、自分たちの身近で発生している社会問題の解決策を提示しうる課題に取り組もうと考えた。彼らが選んだのは、視覚障がいを持つ、メンバーの従兄弟が抱える問題だった。

ボルダリングを行うなど、非常に活動的な日々を送っているという高校生の従兄弟が直面しているのは、一般的な白杖 (はくじょう) では安心して外を歩けないという問題。感知できる範囲が足元に限定されるため、歩道に乗り上げるように路上駐車しているトラックなど高い位置にある対象物は、避けることが難しく、怖い存在になっているという。

超音波センサーを使い、障害物を検知できる「電子白杖」が既に実用化されているものの、対象物が何であるかを電子白杖側で把握していないため、地面の凹凸などにも反応しまう。その結果様々なものに反応し続けてしまうため、結局は不携帯となってしまう傾向があった。だが、東工大メディア研究会が考案した新たな白杖は、急速に進化を遂げている画像認識のテクノロジーを活用することで、進行方向にある障害物の種類と距離を音声で通知できるようにしている。

気軽に散歩を楽しめるよう Walky と名付けられたこの IoT デバイスは、シングルボードのコンパクトなコンピューター Rasberry Pi と超音波センサー、カメラを搭載。白杖の使用時にカメラを使って一定間隔で静止画像を撮り、その画像を通信でサーバーに送って、画像内にトラックや自転車など危険なものが前方にないかを検知している。

チームによるシステムの開発
開発にはメディア研究会の 5 人が参加。取材に対応してくれたプロダクトデザイン担当の長沼大樹氏 (情報工学科 4 年)、山﨑健太郎氏 (電気電子工学科 3 年) に加えて、サーバーや画像認識・翻訳などの API 管理全般を担当した佐々木俊亮氏 (情報工学科 4年)、Rasberry Pi 全般とサーバー、通信を担当した岩瀨駿氏 (工学部 電気電子工学科 3年)、そして Rasberry Pi とセンサー デバイス全般を担当した奥村圭祐氏 (工学部 情報工学科 3年) と、役割を分担して制作が行われた。

画像認識には Google Computer Vision API (機械学習モデルを利用した画像分析のインターフェース)を利用。このテクノロジーでは、既に人間以上の精度による認識が実現しているという。画像認識された情報はテキストに変換されて白杖に戻され、超音波センサーで測定した距離の情報と組み合わせて、音声で「自転車が 3 m 先にあります」という形で通知。屋外でも周囲へ迷惑をかけることなく情報を伝えられるよう、限定的な方向だけに音声を送り届けられるパラメトリックスピーカーを使う工夫もされている。

なお、白杖は地面をスライドさせて凹凸を確認したり、音で周囲に存在を知らせるため地面を叩くようにタッチしたりして使われるものなので、当然、画像にはブレが起こってしまう。だが画像分析そのものの精度の高さにより、認識に問題はないという。

スマート白杖 山﨑健太郎 長沼大樹
現在開発中のバージョン 2 を手にする山﨑健太郎氏 (右)と長沼大樹氏。

「超音波センサーは、例えば目の前を人が通ったりすると距離に誤差が生じる場合もありますが、画像認識はかなり正確で、トラックでないものをトラックだと認識することはほぼないですね」と、長沼氏。こうして認識されたもののうち、自転車やトラックなど、あらかじめ想定される危険物のリストにマッチしたものだけが、スピーカーを使って伝達される。「イヤフォンを使うと、その分だけ聴覚からの情報が奪われることになるので、白杖の後方部分にあるスピーカーから音声で通知しています」と、山﨑氏。

もちろん、まだ改良すべき点は残されている。例えば現在のシステムでは、音声での通知が行われるまでに 3 秒程度の遅れがある。「画像の認識後に戻って来るのが英語のテキスト情報なので、それを Google Translate で翻訳しています。その API がボトルネックになっている」と、長沼氏。ただし、超音波センサーとの組み合わせにより 5 m 程度先にあるものを高い精度で通知できるため、実用的な範囲に収まっているという。

このシステムを白杖にマウントする本体のデザインを担当した長沼氏は、CAD ソフトを使った経験は無いが、大学で Fusion 360 のセミナーを聴講したことがあったという。「Walky のデザインが初めての作品でしたが、ユーザーインターフェースがわかりやすかったので、マニュアルなどを見なくても進めることができました」と、長沼氏。「特に便利だったのが履歴の機能です。こうすれば良かったと後から思い付いたときでも、戻って直せば全部反映されるのが便利。クラウドで共有する機能も使いました。またアセンブリ パーツを動画にすることで、ビデオでわかりやすく訴求することができました」。

こうして 「JPHACKS 2016」の わずか 2 日間という限られた開発時間で制作された Walky は、Best Idea 賞を獲得。また「Mashup Award 2016」でも学生部門賞に選出されている。その後 TV 番組で紹介されたこともあり、使ってみたいという申し入れも届いているそうだが、より実用的なものに仕上げるため、目下さまざまな改良を行っているところだ。

そのひとつが、画像認識精度の向上。前述した画像のブレについては加速度センサーを搭載し、加速度(= 動き)がゼロになった状態で撮影を行うなどの調整が行われているが、今後はカメラを水平に保てるよう、傾きを自動的に補正するジンバルの搭載なども考えているという。スピーカーの取付角度も、さらに聞き取りやすくなるよう改良する予定だ。

将来的には「製品化を行なったり、会社を興したりということより、こういう手法を使えば問題を解決できるということを提示していきたいと思っています」と、山﨑氏。「まずは従兄弟に、安心して実際に使ってもらえるような完成度に仕上げたいですね」。

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