ベニアハウスプロジェクト:被災地の仮設的建築から新たな防災住宅へ

by Yasuo Matsunaka
- 2017年5月29日
ベニアハウスプロジェクト マノヘリ村ラーニングセンター
ミャンマー・パテインのマノヘリ村ラーニングセンター [提供: KOBAYASHI MAKI DESIGN WORKSHOP]

合板や集成材などのエンジニアリングウッドは、品質や性能、供給の安定性を実現する工業製品だ。複数の材料が互いを補完することで、無垢の木材以上の性能を発揮。その中でも最も身近なベニア合板を建材とする新たな構法が、社会に貢献する新たな建築を生み出している。

建築家の小林博人氏は、2011 年の震災直後から、建築設計でどう復興に貢献できるかを考えていた。自ら訪れた宮城県で、重機や職人が不足するだけでなく、材料も手に入りにくい状態であることを知る。「すぐに分かったのは、建物をセルフビルドで作れることが前提で、どうやって皆が作りやすいものにするかを考えないといけないということだった」と述べている。「しかも廉価で、早く作れるもの、ということが条件です」。

2 万棟もの住宅が全壊した石巻市には、もともと合板の製造メーカーが非常に多く、それらの工場は輸出入の便利な港の近くにあったため震災の被害もとりわけ大きかった。「水に浸かって売れなくなったベニア合板がたくさんありました」と、小林氏。「合板はきちんとした寸法体系でできていて、クオリティも担保されているので、ユニット化された材料として、すごく優秀です。宮城県産の間伐材による合板を使うことが、地元の産業復興につながることもわかりました」。

こういった被災地の状況から導き出されたのが「ベニアハウスプロジェクト」。小林氏が代表を務める小林・槇デザインワークショップ (KMDW) が手がける、ほぼベニア合板のみで構成されたセルフビルド ハウスの取り組みだ。卓上ノコギリや CNC ルーターで合板からパーツを切り抜き、建物の骨組みを、ほぼベニア合板のみで構成し、特別な工具やスキルを必要とせずに組み立てることができる。

2012 年5 月には宮城県の共同浴場計画の第一期として、地域の人たちが気軽に立ち寄れるスペースとなる「南三陸ベニアハウス」を設計し、慶應義塾大学 SFC (湘南藤沢キャンパス) 小林博人研究会の学生を中心とする SFC design/build 3.11 とともに施工。翌 13 年には地域交流施設、倉庫となる「前網浜ベニアハウス」を竣工した。

「建築を学んできた人間、あるいは建築家が、こういうことを契機に学ぶことは本当にたくさんあります。現場ではイレギュラーなことばかりなので、それにどう自分を順応させていけるかということを強く問われました」と、小林氏。「建築そのものに対する構え、考え方が、ずいぶん大きく塗り替えられた。僕自身も価値観が少し変わったと思っています」。

その後、2013 年にはミャンマーのエーヤワディ管区マノヘリ村に集落住民とともにラーニングセンターを建設。翌 14 年には、度重なる震災や台風で大きな被害を受けたフィリピンの、倒壊したコゴン村保育園の復興を行っている。

シアトルで生まれ、現在は慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特任助教である建築家の kaz 米田氏は、2016 年からベニアハウスプロジェクトに参加している。米田氏はハーバード大学の海外派遣教員として同大学の学生たちと伊東豊雄氏の「みんなの家」の建築に参加するなど、震災の復興プロジェクトにも関わってきた。2016 年に建設された「七ヶ浜ベニア・ビーチハウス」では、3 週間という制約内で実現させるため、素材のパターンを減らせるアーチ型構造を提案。「設計データを作って、切り出しを終わらせるまでが 3 週間あまり。現場に運んだら、施工自体は 3 日で終わりました」。

「最初のベニアハウスは 100 種類以上の部材でできていましたが、これは 6 種類でできた」と、小林氏。「種類が減れば減るほどカットも簡単で、施工も簡単です。種類を減らすことは、とても大切なんですね」。

ベニアハウスプロジェクトでは、デジタルファブリケーションのテクノロジーが不可欠な存在となっている。AutoCAD などのソフトウェアのほか、CNC ルーターやレーザーカッターなども幅広く活用しており、昨年行われたネパールのプロジェクトでは新たなツールである Handibot を導入。これは現場に持ち込んで精密なカットができる、コンパクトな工作機械だ。「まだ誤差があるので、これで切るところは限定的にして、あとは手切りでというハイブリッドな作業をしています」と、小林氏。

「実験を繰り返して、だんだんわかってきたことは、建物を使う人に作ってもらうということが大切で、そのための道具立てをいかにシンプルにできるかということです」と、小林氏。「今までは、工程が複雑だったから素人には難しかったんですが、道具も進化してきているし、組み立てる仕組みを簡素化すれば子供でも作ることができる。その仕組みは、僕たちが作る。建築家の職能からすると少し横にそれているかもしれないですが、いろんな人に建築をわかってもらうためには、そういう工夫をしていく必要があります」。

「ベニアハウスのようなシステムは、建築そのものも大事なんですが、それを作る行為を通して、僕たちもそこに住む人たちも同じ目的に向かって動いていくというのが、プロジェクトの一番大事な精神だと思います」と米田氏。

「素人の方々がどれくらいコミットできるか、というところを目指しているので、そういう意味では、すごく立派な建築教育だと思うんですよね」と、小林氏。「全く建築を知らない人が、その行為を通して建築の意味を、身をもって理解することができる。ミャンマーやフィリピンでかかわってくれた子供達が、それを契機に自分も建築を作りたい、都市を作りたいと思ってくれれば大成功ですね」。

ベニアハウスプロジェクトは進化を続けながら現在も進行中だが、その一方で起業も視野に入れているという。「大学でリサーチは継続してやりますが、知財として大学に置いておくだけでなく、世の中へもっと広めたいんです」と、米田氏は今後の展望を語る。「ベンチャーとして起業し、ベニアハウスのキット化を実現できないかなと思っています」。

小林氏は、「普及が大切なので、できるだけ簡単に作れるものを目指しています」と語る。「身近に手に入るもので、こんなに楽しくて、こんなに簡単にできるということを、いかに感じてもらえるか。データを販売したり、オープンソースで広めたり、ということも考えています」。

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